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2013年12月5日木曜日

BON JOVI 日本99&100回公演に行ってきた

12歳だ。Livin' on a Prayerを聞いて、BON JOVIのファンになったのは。
姉たちが洋楽ばかり聴いていたこともあって、それまではMADONNAとThe POLICEが好きだったんだが(それはそれでオカシイ小学生だ)、Livin' on a Prayerで、やられた。
お小遣いでSlippery When Wet(この時はテープ)で買い、New Jerseyの時には親がデッキをかってくれたのでCDを買い・・・・・・今に至る。
ただし、ライブデビューは大学生、福岡ドームでのCross Road Tourから。
それからは福岡でのライブは全部参加、ツアーが大阪どまりになってからはお金の余裕もでてきたので大阪や東京に参戦するようになった。
それでも、大阪⇒東京と、2公演梯子したのは今回が初めてだ。


多分、今回の公演は賛否両論あるんだろう。
リッチーはいないし、ジョンの体調は最悪だし(特に大阪)、セットは地味だったし(ただし私はあまりセットに興味がないので別に構わんが)、金返せという人がいても驚かない。
その理屈でいえば、私なんぞ、チケット代に交通費(福岡⇒大阪⇒東京⇒福岡)に宿泊費にグッズ代の合計金額を思うと、ブーイングのひとつやふたつしたっていいのかもしれない。
でも、いまの自分は、最高潮に満ち足りている。
なぜなら、BON JOVIのライブに一番求めているものは、ちゃんとそこにあったから。

ジョンがMCで言っていたけれど、Friendship なのだ、彼らのライブに感じるのは。
不思議なことだし、ファンの錯覚・妄想だと言われても否定しない。
ライブでの私たちとBON JOVIの間にあるのは、驚くほど近しく親しい感情だ。
相手は、世界的ロック・バンドなのにね。

ライブ後、否定的な書き込みをみた。
「日本のファンは(出来の悪さに対して)優しすぎる」(おっしゃるとおり)
「歌詞も覚えてない日本人相手に100回もライブするくらいなら俺の国でやれ、日本のライブは退屈だ!」
("People in Japan seems to be frozen!!"には爆笑した。否定できんし!(笑))

でもさ。
私たちと彼らの間にあるのは Friendship だから、そこには思いやりと励ましと支えあいがあって当たり前だし。
(大阪で、両手を合わせておじぎするジョンは「今日はゴメン、ありがとう」って感じだった)
日本人がおとなしくて言葉がわからないことなんか30年前から日本に来ている彼らは百も承知だし。
(インタビューでも、ジョンは「国によって(楽しみ方の)表現が違う」と言っている)

もちろん、ファンなんだから私たちはライブを楽しみに行くわけだ。
でも、同じくらい、私たちはBON JOVIに、ジョンに楽しんでもらいたい。
リッチー不在だからジョンの負担は大きくて、だからデイヴィッド(大阪での代役ソロには涙がでた)、ティコがんばれ!といつも以上に応援する。
少々不安だったリッチーの代役フィルXだけど、実際にみたら「おまえ結構イイ奴じゃん!」と仲良くなって(?)フィルXコールしてみたり。
そしてもちろん、ジョンの調子が悪くなると、私たちが歌って支える。
だって今までなんども彼らの歌に励まされてきたんだから。
すると苦しそうに歌っていたジョンが、嬉しそうにニコッと笑う。
その笑顔をみて私たちも笑顔になる。
私たちの笑顔で、またBON JOVIが笑顔になる。
そして感動したジョンが、目を潤ませる・・・。
ああ、気持ちが伝わった!と思う瞬間!

この交感があるかぎり、私はライブに行き続ける。
この交感があるかぎり、私はBON JOVIのファンであり続ける。
だって、friends なんだから!

↑こういう顔の時に「がんばれ!」と思う。そしてそのあと笑顔になってくれるのが幸せ

2011年12月3日土曜日

エリック・クラプトン&スティーブ・ウィンウッドに行ってきた(2011.11.26 in Hiroshima)

エアロスミスはいままで観たことないものを観た!と思った。
エリック・クラプトンは、聴いたことのないものを聴いた!と思った。
だからだろうか、エアロスミスの時のように、コンサート後すぐにブログに書く気になれなかったのは。音を文字で表現することくらい難しいものもない。

前日聴いたエアロスミスのギターだってすごい。
だけどそれは、音だけではなくて、眼で見せる要素も強い。あれは音だけ黙って聴くものではない。ステージでのパフォーマンスも彼らの音楽の重要な要素だ。
エリック・クラプトンは、彼のギターの音は、クラプトンにギターを弾くこと以外のパフォーマンスを要求しない。必要がない。
実を言えば歌さえ不要な気がした。歌は、スティーブ・ウィンウッドでいい。
ギターが。ギターが、ギターが。

それ以上、私に言えることは何もない。

2011年11月25日金曜日

エアロスミスを観に行ってきた(2011.11.25 in Hiroshima)

確かに、エアロスミスは、ボン・ジョヴィよりカッコイイ。
音楽界における我が最愛のスターはボン・ジョヴィ(そしてそのフロントマンであるジョン)だが、彼らが自分たちで言ってたとおりだ。
音楽、演出、何もかも。
でも、ライブが終わって思い返せば、かっこいいより「美しい」と言った方が正しい。
ああ、美しさを感じたロック・バンドなんて、はじめてだ。


でも、スティーヴン・タイラーは、美男子ではない。メンバーも、美形とはいえない。
スティーヴンは皺くちゃの河童のような顔に、キンキラキンの服を着て、嗄れ声と裏声で歌い、くにゃくにゃと踊る下品で怪しいオッサン(ジーサン?)である。
それなのに、ステージで歌い踊る彼は美しかった。エレガントだった。
あのカタチに入っている魂が「スティーヴン・タイラー」でなかったら、あの美しさは生まれないだろう。「スティーヴン・タイラー」だからこそ、その魂の輝きがカタチを超越してしまう。
テレビでは観たことのあるエアロスミスだが、ちょっとスティーヴンの容姿は苦手だった。
でもホンモノを観てしまったら・・・・・・。
姿形など、まったくただのイレモノだ。
放出される魂の輝きの前に、カタチなど無意味である。陳腐な言い方をすれば、あれこそがスターのオーラなのだろう。



私は音楽ファンではなく、単なる音楽好きでしかないので、音楽に関しては何も言えない。
だが、音楽を超えたところで、演者のもつ魅力はわかるつもりだ。

スティーヴン・タイラーはMCで、私たちに向かって「beautiful」と言った。
ジョン・ボン・ジョヴィはよく「friendship」という言葉を使う。
そこに、バンドの魅力、スタイルの違いを感じる。
エアロスミスとボン・ジョヴィに限らず、大スターのもつ魅力はそれぞれ違うが、共通していることは、その魅力が圧倒的なものだということだ。
カタチを吹き飛ばすほどの魅力、輝き。
これを感じられるのは、やはりライブに勝るものはない。


『THIS IS IT』を観たとき、マイケル・ジャクソンのライブに行っておけばよかったと思った。
クィーンのライブDVDを観るたびに、自分がもう少し早く生まれてきてたらなあと思う。

スターだって、死んじゃったら、もう会えないんだよ。

だから、明日はエリック・クラプトンのライブに行ってきます。